時は寛弘三年、三条天皇が即位して三年が過ぎた。天皇の側近である藤原道長は、自身の娘・彰子が生んだ皇女に喜びを見せつつも、皇子が生まれなかったことに深い失望を隠しきれなかった。自分の血を引く皇子を後継者にしたいという願いが強かった道長にとって、皇女の誕生は期待外れでもあった。
さらに、近年、天皇の健康状態が悪化し、視力と聴力が衰え始めていたことは宮中の誰もが知るところだった。三条天皇は、視力が衰えた状態でもなんとか公務を続けようとするが、その姿を見守る道長は、天皇が国政を司るには限界が近づいていると確信する。
道長の妻・倫子は、長年彼の愛に支えられてきたが、彼が他の女性と関係を持つ可能性に不安と苦しみを抱いていた。道長の愛情を一身に受けることが倫子の心の拠り所であり、生きる希望でもあった。しかし彼女は、道長が自分一人だけを愛しているのかという疑念に悩まされることが多くあった。
そんな複雑な心情を抱えながらも、倫子は次第に自らの役割を受け入れるようになる。「私は、道長の妻として、彼の全てを支える覚悟がある」——倫子は道長を愛し、彼のためならばどんな困難も乗り越えると決意する。彼女はこれからも、道長の傍にいることこそが自分の使命であると悟り、道長と藤原一族を盤石にするため、日々献身的に彼を支えていく。
一方で、賢子は幼い頃から親しい関係にあった武士・双寿丸への淡い恋心を抱いていた。
賢子の母・真広は、彼女が抱える悲しみに気づき、母として優しく寄り添う。「泣きたければ私の胸で泣きなさい」と諭す真広の言葉に、賢子は涙を拭きながらも覚悟を決め、彼の門出を祝う宴を開くことを提案する。彼女は失恋の痛みを抱えながらも、双寿丸を送り出すという強さを見せる。宴の席で、双寿丸が舞う姿を切ない思いで見つめる賢子。その表情には、若き日の愛と別れが色濃く映し出されていた。
倫子と賢子のそれぞれの愛の形は、平安時代の価値観や女性の立場を象徴しているようだ。道長を支え続けることが生きがいとなった倫子は、愛に苦しみながらも夫を裏切らず、自らの役目に徹する覚悟を決める。一方で、賢子は失恋の痛みを味わいながらも、愛する人のために身を引くという選択を取る。
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